金沢大学附属高校 合格手記 2020年度 生徒③

さて、金沢大学附属高校合格手記、3人目。

こちらは金沢大学附属中学受験から見ている子です。

中学受験後に気が緩み・・・からの逆転合格の子です。

では、どうぞ!

 

 

 

私は小学校4年生の時から、週末毎に能登から夢盟塾に2年半通い、金沢大学附属中学校に合格することができました。

そして約3年前、母と共に金沢に移住し、中学校に入ってからも夢盟塾に通い続けました。しかし、私は同級生が私を含め12名の小学校から、いきなり1学年160名の中学校へ進学し、新しい環境に慣れず疲れてしまい、せっかく毎日でも塾に通える所に来たのに、塾へ行くのが億劫になっていきました。

高校受験を終えた今なら、その当時、私の様子を心配して、いろいろ声がけをしてくれていた母の気持ちも少しは理解できるのですが、その時は、ただただ母の小言が鬱陶しく、毎日険悪な親子関係が続いていました。私の心の中には、中学受験を頑張ったのだから少しぐらい休んでもいいじゃないか、とか、高校受験まで、まだ時間がある。といった甘えがあったのでしょう。しかし、気が付くと、もう3年生の夏も終わっていました。頑張っているつもりだったのに、模試の結果も思わしくなく、成績が上がらないどころか、正月明けからは学校の先生方からも心配される程、成績が下がりました。当然、母は動揺し、志望校を変えた方が良いのではないかと心配しましたが、小島先生だけが「気にするな!」と力強く励ましてくださいました。

附属高校受験前の1週間は、毎日塾へ行き小島先生に会い、心を落ち着かせました。そして小島先生を裏切る訳にはいかないと、気合いが入りました。受験本番、私は解答欄を全てうめることが出来、翌日合格通知が届きました。

私が合格できたのは、最後まで私を信じ励ましてくださった小島先生と、反抗期の私に我慢強く向き合い続けてくれた母のお陰だと思います。これから受験をする人は、模試などの結果に一喜一憂せず、目標に向かって自分を信じ、小島先生を信じてとにかく勉強するのみです。結果は後からついてきます。

 

 

 

ということで、私は心の安定剤だったのでしょうかね笑。

お役に立ててよかったです(^^)

 

能登島から金沢に出てきて、なるほど、環境は激変ですよね。

同級生があ、12名から160名・・・慣れるまで大変ですよ。

その中で戸惑いながらも、よく頑張ったと思います。

次の大学受験は、少し休んで・・・ではなく、終わってもすぐにフルパワーで頑張りましょうね!

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