「大切なのは過程」という「本当の過程」とは

大切なのは結果ではなく過程、とよくいう。

うん、その通りだと思います。

石川県の高校受験で言えば。

泉丘高校に合格しようが金沢大学附属高校に合格しようが、または残念な結果であろうが。

未来は大して変わらない。

 

 

それよりも。

どんな過程をたどって勉強してきたか。

この過程こそ、人生の糧になる。

しかし、だからこそ。

どんな結果を求めて、どれほど本気で取り組めたか、が大切である。

 

 

いくら過程が大切だと言っても、最初から「不合格でもいいから過程が大切」などと言って取り組んでいたら。

それは過程としては腐っている。

また、ハードルの低い結果しか求めていなかったら。

その過程は意味があるのだろうか、となる。

70点取りたい、平均点取りたい、せめて高校に行きたい。

こんな低い結果を求めていては、とても人生の糧となる過程は得られない。

(最後の「せめて高校に」だけは、家庭の経済事情などもあるかもしれないので一概には言えませんが)

 

 

大切なのは過程。

それは否定しません。

しかし、高い結果を本気で求めない限り、過程は意味をなくします。

だからです、私が「泉丘高校合格しろ」「金沢大学附属合格しろ」「1位取れ」「満点取れ」と口酸っぱく言うのは。

本気で上を目指さないと、お子さんに「本当の過程」を体験してもらうことができません。

 

 

過程が大切、という言葉。

とりようによっては、ぬるま湯にもなりますし、熱湯風呂にもなります。

どちらのお風呂にいれますか?

私は、熱湯風呂で待っています。

あちー。

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