お母さんからの手記 慶応大学合格の子

大学受験を終えた子のお母さんから手記をいただきました。

昨日も手記を紹介した、7年間も夢盟塾に通ってくれて、慶応大学に合格した子のお母さんです。

 

 

(手記ここから)

娘が第1希望の大学に合格できたのは、夢盟塾との出会いがあったからだと私は断言できます。

小学校6年生の冬に入塾して、最初の方は毎日通う感じではなかったのですが、当時の塾の友達から、「自習に来た方がいいよ」と声をかけてもらったのをきっかけに、1時間でも2時間でも時間がある時には通うようになりました。そこで、勉強する習慣が身についたと思います。中学に入り学校でも上位に入るようになってからは塾の友達と競い合い、勉強に対してますます意欲的になったと感じました。

今でも覚えている受験前日の小島先生のエピソードです。受験前日に小島先生は決して「頑張れ!!」とはおっしゃらないそうです。いつものように穏やかに「いってらっしゃい」と声をかけてくれるそうです。私の勝手なイメージですが、塾の先生は受験当日に学校の前に立って頑張れと気合いを入れるイメージがありました。もちろん小島先生もお心の中ではそうかもしれませんが、それを口には出さずに平常心で「いってらっしゃい」とおっしゃるのは小島先生のお人柄が表れているなぁと私は当時ジィ~ンとしたのを覚えています。

家では塾でやった大量演習のプリントは最後まで、捨てないで溜めておきました。最後には娘の腰の高さにまでなっていました。受験の前日にこのプリントを見た時に必ず自信に繋がると思いました。そして、こんなに頑張ったのだから大丈夫と励まして送り出しました。

お陰様で第1希望の高校に無事合格することができました。私も子供も一安心だったのですが、本当の意味での受験戦争はこれからでした。合格してものんびりしている暇などひとつもありません。小島先生に御礼にお伺いした時におっしゃられた「これで終わりではない。これからが始まりですよ。」の言葉の意味がわかりました。他のお子さんは高校生の専門の塾に移られましたが、娘は「夢盟塾の方が自分には合っていて、これからも通いたい。」とのことだったので、小島先生のご厚意に甘えて通わせていただくことになりました。

3年生の最後の方に私と娘の塾の送迎時の会話で「小学校から今まで塾に通う距離で日本1周したかもね…」なんて話をしました。それくらいに毎日、毎日塾に通いました。

これも娘が言った言葉ですが、「夢盟塾に行ったら自分よりも小さい子供達が自分と同じ時間、勉強している。そんな子供達を見ていたら、自分も頑張らないとと刺激を受ける」と言っていました。

塾に通う最後の日も男の子が荷物を運ぶのを手伝ってくれて「信じれば願いは叶いますよ」と声をかけてくれたそうです。そんな小さな友達にささえられ、頑張ってこれたと思います。

そして、小島先生は大学受験の前日もいつものようにやさしく「いってらっしゃい」と声をかけてくれたそうです。なんだか私も約6年間の思いが溢れてきて、目頭が熱くなりました。

今、塾に通うことがなくなり、送迎した日々も少し懐かしく思います。小島先生と小さなお友達には感謝でいっぱいです。ありがとうございました。

そして、夢盟塾の益々の発展と小島先生のご多幸をお祈りしております。

(手記ここまで)

 

 

もうね、私も目頭が熱くなりました。

この子が中3からずっと座っていた、奥から2番目の席。

この子が座っていない風景に、ちょっと寂しさを感じています。

けれど、この子を尊敬する泉丘高校の子が、この子の席に今は指定席として座っています。

お子さんが頑張ってきた意志や足跡は、後輩たちが継いでくれています。

後輩たちに素晴らしいバトンをつないでくれたこの子と、それを支えてくださったお母さんに、心から感謝申し上げます。

 

 

思い起こせば、中2の夏休みから毎日通っていますよね。

5年間、毎日。

本当に日本一周したかもしれませんね!!

お母さんのサポートに、本当、頭が下がります。

5年間、毎日送迎をしてくださり、ありがとうございました!

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